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『オッペンハイマー』
(”Oppenheimer")
作品概要
「核」それは人類が生み出した最大の功績にして最大の罪の証。戦時中に開発されたこの兵器は、文字通り世界の常識を覆すこととなった。
世界の理を破壊し尽くしたのは、自然の災いでも神々の裁きでもなく、人間が作り出した「科学」そのもの。では一体誰が、世界を壊してしまったのか?
20世紀最高の物理学者ことアルベルト・アインシュタイン………或いは、水爆の父と称されたエドワード・テラー………
真に世界を破壊した「死神」とは即ち、「原爆の父」ことJ・ロバート・オッペンハイマーである。
第二次世界大戦中、ロスアラモス国立研究所にてマンハッタン計画を主導し、原子爆弾を開発した物理学者。
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今作『オッペンハイマー』は、そんな彼の栄光と没落を描いた伝記映画である。
原作はカイ・バード、マーティン・J・シャーウィン著『オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』。
彼の波瀾万丈な生涯を描くこととなったのは、『ダークナイト』『インターステラー』他、数多くの大ヒット作を作り上げた巨匠クリストファー・ノーラン。
ロバート・オッペンハイマー本人を演じるのは、長らくノーラン作品にて常連として出演してきたキリアン・マーフィー。
他にも『アイアンマン』でお馴染みロバート・ダウニー・Jr.、『インターステラー』にも出演したマット・デイモン、
エミリー・ブラントにラミ・マレックにケイシー・アフレックと、キャスト陣がとにかく豪華。
果たしてギャラの総額はどれほどのものとなっていたのだろうか………
米国では2023年7月21日に公開され、ノーラン監督史上最多のヒットを記録。世界興行収入は5億ドルを突破した。
歴代の伝記映画の興行収入ランキングにおいても、2018年公開『ボヘミアン・ラプソディ』を抜いて歴代一位に躍り出るなど、異例の大ヒットを叩き出した。
だが今作の快進撃はこれだけには収まらない………第96回アカデミー賞では最多となる13部門でノミネートされ、作品賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞含む7部門を受賞。
クリストファー・ノーランにとっては初のアカデミー賞。2023年最大級のヒット作となった。
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本国での大ヒットに加え、アカデミー賞での歴史的快挙。日本にて公開されるのも時間の問題だ………
と思いきや、本国での公開日を迎えても尚、日本公開は目処を立たぬまま。
主な原因として考えられるのは、やはり「原爆」というテーマを扱っているが故だろうか………原爆という存在が、日本にとって重要な存在だというのは言うまでもない。
日本における8月6日など原爆に関連する日と公開日が被ってしまうリスクを回避する為、だという説もあるが………
配給会社であるユニバーサルからも何も告知が出ぬまま数ヶ月が過ぎ………2023年12月21日、ユニバーサルではなくビターズ・エンドが配給を務めることが発表。
そして第96回アカデミー賞ノミネートが発表された翌日、日本語版の予告編が公開。2024年3月29日に日本全国にて劇場公開されることがようやく決定した。
ノーラン監督作というネームバリュー、アカデミー賞受賞という功績が起因してか、様々な理由で懸念されていた日本でも大ヒットを記録。
世界を破壊し尽くす兵器、原子爆弾。科学におけるあらゆる法則を破壊した、文字通り「悪魔」そのものを作り上げてしまったオッペンハイマー。
彼は「世界の破壊者」たる死神なのか、或いは世界に「ある意味」平和をもたらした救世主なのか。
歓喜と、悲哀と、慟哭と、動乱に打ちひしがれた「死神」の歩んだ道。波乱に満ちた彼の生涯を、彼が壊してしまった世界と共に、見届けよう。
あらすじ
1954年。赤狩りの影響でソ連のスパイ容疑をかけられていたロバート・オッペンハイマーは、聴聞会にて原爆開発に至るまでの言及を受けていた。
時は遡り1926年、諸事情からドイツのゲッティンゲン大学へ留学したオッペンハイマーは、後に後世へ語り継がれる高明な科学者たちの影響から理論物理学へ傾倒していく。
その後アメリカへ舞い戻り、カルフォルニア大学にて教鞭を取っていたオッペンハイマーは、核分裂を利用した原子爆弾の開発の可能性を見出しつつあった。
そんな中、オッペンハイマーの元へ、アメリカ陸軍の准将レズリー・グローヴスが尋ねに来る。
世界初の核分裂の観測を達成したナチスに先を越されることを危惧したグローヴスは、原爆を開発・および研究するための極秘プロジェクト「マンハッタン計画」を立案。
世界中の優秀な科学者を招集したこの計画。グローヴスは、物理学にて特段秀でたオッペンハイマーを、開発チームの主導者に抜擢しようとしていた。
原爆の開発に成功すれば、それは米国史上最大の偉業となる。リーダーに就任したオッペンハイマーは、果てなき野望を胸にマンハッタン計画を主導し始める。
それが後に、オッペンハイマー自身の人生を、そして世界そのものを破壊してしまうことも知らずに………。
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見所解説
①豪華俳優陣で送る、世界滅亡へのカウントダウン。
この映画、とにかく俳優陣が超豪華。先述したようにロバート・ダウニー・Jr.やマット・デイモンなど、実力派の俳優が多数集結している。
ノーラン監督作『TENET テネット』にも出演したケネス・ブラナー、『ミッドサマー』にて一世を風靡したフローレンス・ピューなど、他の顔ぶれもとても豪華。
中にはあのゲイリー・オールドマンも出演しているとのこと。何の役で出演したか、諸君らは分かっただろうか?
さてそんな豪華絢爛なキャスト陣を以てして描かれるのは、オッペンハイマーという男が紡いだ奇跡の数々………
なんてものではなく、「原爆」という存在を世に作り出してしまった、その絶大すぎる所業を3時間悔い続ける、というものである。
そもそも今作は登場人物の数が半端じゃない。オッペンハイマーと彼を取り巻く科学者たちや将校たちが主な登場人物となるのだが、それぞれが独特の関係性を持っているため非常に複雑。
そういう意味では、今作は伝記映画にして一種の群像劇と言えるかもしれないが。
原爆を作るべきか否か。世界をこの手で変えてしまうべきか否か。この永遠の議題に、彼らは大いに悩まされることになる。
ある者は賛成し、ある者は反対し、ある者は沈黙し………エンタメ作とは到底言い難い、非常にシリアスかつ濃厚な人間ドラマを垣間見ることができる。
果たして彼らの選んだ道は、真に世界を滅亡させるに至ったのか。その是非を問い続ける、まさに聴聞会を受けるオッペンハイマー自身の心情になれることだろう。
②クリストファー・ノーラン欲張りセット。25年間の集大成。
『フォロウィング』にて鮮烈なるデビューを飾り、『メメント』にてその名を轟かせ、『バットマン ビギンズ』『ダークナイト』『ダークナイト ライジング』の三部作にて伝説を残した。
そしてその後も『インセプション』『ダンケルク』『TENET テネット』と、全世界にてヒット作を連発。
25年間もの監督人生において、「巨匠」としての絶対的な地位を築いた男………クリストファー・ノーラン。
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今作『オッペンハイマー』は、そんなノーラン監督の集大成的作品と呼ばれている。約25年ものキャリアの総まとめとするならば、この豪華絢爛っぷりも確かに納得である。
言わずもがな、ノーラン監督は時系列をごっちゃ混ぜにしてストーリーを描くことで有名だ。このスタイルは、デビュー作『フォロウィング』から確立されている。
故に観客は「このシーンはあのシーンよりも前の出来事だ」「このシーンは現在の出来事だ」………と、常に頭を回転させながら鑑賞に臨まねばならない。
こういった難解な作風は、普通であれば忌避されがちなものだ。だが先述したように、ノーラン監督はこのスタイルを維持し続けヒット作を生み出し続けている。
その理由は単純明快………ノーラン監督はこの作風を見事なまでにコントロールしきっているのだ。
入り乱れる時間軸に、観客は大いに困惑し、意味を見出そうと思案する。だが彼は、必ずパズルのピースがピッタリと合う瞬間を用意してくれているのだ。
時間軸を自在に操作することで、他の映画とは一線を画す魅力を醸し出している、ノーラン監督独特の作風。
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今作『オッペンハイマー』も、初手から観客を大いに混乱させてくる構成となっている。
オッペンハイマーの聴聞会の時間軸と、ルイス・ストローズの公聴会の時間軸。ご丁寧にも、ルイスの時間軸はモノクロとなっており視覚的に分かりやすい構成となっている。
ノーラン監督は、このモノクロのパートのためだけにIMAX画角のモノクロフィルムカメラを開発。こうした深すぎるこだわりっぷりは最早ご愛嬌。
オッペンハイマーとルイスの2人の回想によって、オッペンハイマーが原爆開発に至るまでの過程が明かされてゆく。
(ネタバレとなってしまうためなるべく情報は伏せるが)あるシークエンスに突入するまでは、ストーリーは順当に進行していく。
しかしそこから、今作『オッペンハイマー』のストーリーは大いに変貌を遂げる………即ち、点と点が線で結ばれる瞬間だ。
そこからラストへの持っていき方も、ある意味ノーラン監督らしい手法と言える。
ノーラン史上最も難解とされた『TENET テネット』をも超える、超高密度の「ノーラン節」………是非とも劇場にて堪能すべし。
③ "Now I'm become Death, the Destroyer of Worlds."
「我は死神なり、世界の破壊者なり。」………オッペンハイマーは後年、古代インド聖典の一節たるこの言葉を、自分自身と重ねていた。
オッペンハイマーは確かに、歴史上の偉人の一人になぞられるべき多大なる功績を残した人物だ。
だが彼は、何よりも恐れていた。もし原子爆弾が爆発してしまったら、核分裂が大気に連鎖反応し、やがて世界を焼き尽くしてしまうのではないか、と。
人類初の核実験である「トリニティ」が執り行われ、結果的に実験は成功。原爆は世界を焼き尽くすことなく、人類は「核」という強大なる力を手中に収めた。
だがこの瞬間、人類は同時に世界そのものを破壊し得る力を手にしてしまったのである。星そのものを滅ぼすことも可能な、いち生物が手にするにはあまりにも過ぎた力だ。
この時、人類は最も神に近づいた生物へと昇華したと言っても過言ではない………何故なら人類は「太陽」そのものを作り上げたも同然なのだから。
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そしてそんな人類を「神」へと昇華させた、いやさせてしまった、その中心人物こそがロバート・オッペンハイマーなのである。
オッペンハイマーの創造した原子爆弾は米国政府が回収し、8月6日に広島、8月9日に長崎へ投下された。日本は降伏し、かくして長きに渡る大戦は終焉を迎えた。
その力を以てして日本を、そして世界を屈服させたアメリカ。国民は歓喜に打ちひしがれ、その歓声は地球の果てにまで鳴り響いた。
オッペンハイマー自身もまた、歓喜にその心を震わせた一人である。国民は彼を讃え、そんな彼もまたアメリカの栄光を賛美した。
だが戦争の終結とは、数多の生命が無残に散っていったことを意味する。故にオッペンハイマーは、徐々に自身がとった行動に後ろめたさを持つことになる。
作中においても、そんな彼の心情描写が緻密に描かれている。女性の顔が被曝によって爛れていくシーンは、まさに彼の抱いている「恐怖」そのものだ。
しかしながら、実に難儀ではあるがオッペンハイマーのとった行動を、一概に「罪」として決めるけるべきものではない。
「既に降伏寸前の状態だった日本に原爆を落とし、罪なきものたちの命を大量に奪ってしまった」………そう語るオッペンハイマー。
だが日本が単独でも戦い続け、大戦が長引く可能性が1ミリでもあったのならば、ある意味原爆の存在には少なからず必要性があったとも考えられる。
ここらへんは日本人としては非常に複雑な所ではあるが………
1945年8月9日に長崎へ原爆が落とされて以来、軍事作戦上で地球に核が放たれたことはない。今の今まで、日本が世界で唯一の被曝国となっている。
そして当然ながら、日本が世界の歴史上最初で最後の被爆国でなければならない。第二の被爆国を生み出してしまうことは、何としてでも避けねばならない。
だが冷戦という前例があるように、核が人類の在り方そのものを変えてしまったことは揺るぎない事実だ。そしてその影響力は、戦後80年経った現在でも色濃く続いている。
それが「罪」だとしても、或いはそうでなくとも、オッペンハイマーは確かに世界を壊してしまった。世界の破壊者、又の名を死神として。
破壊された世界、その行く末は発展か滅亡か。世界の運命は、たった一人の「死神」によって捻じ曲げられてしまったのである。
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個人的な感想
過去の記事にて何回か話している通り、私はクリストファー・ノーランを深く敬愛している。
作品もほとんど観たし、その内何本かはリピもしている。現在公開中の『フォロウィング』HDレストア版も近々観に行く予定だ。
今作『オッペンハイマー』は、正直ここ数年の映画たちの中で最も期待していた作品と言っても過言ではないかもしれない。
日本では長らく情報の音沙汰なし。本国では空前の大ヒットを記録。そして何よりも第96回アカデミー賞での快挙………こりゃ観るしかないでしょぉ。
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というわけで公開日当日にレイトショーかつIMAXで鑑賞に至った訳だが………今作、歴代のノーラン作品の中でもかなり異質な作品のように思えた。
私の中で、ノーラン作品とは即ち「なんかよくわからんけどおもろい」的な作品の象徴だと思っている………前作『TENET テネット』なんかは正にその代表例だ。
アクションにミステリーにSFと、多岐に渡るジャンルを手掛けてきたノーラン。そんな中、新たに彼のフィルモグラフィーへ加わったのが今作『オッペンハイマー』である。
周知の通り、今作は伝記映画。題材となった人物の過去の出来事を、限りなくノンフィクションで描かねばならない。
波瀾万丈なるオッペンハイマーの人生を、ノーランは如何にして映像に落とし込んだのか………そう考えると、今作が如何に異作であるかわかるだろう。
またノーランが徹底的にこだわり抜いたであろう絵作りの力強さも半端じゃない。さすがは全編IMAXカメラ撮影………あまりにもキマりすぎている。
加えて今作は音響も凄まじい。同時期公開の『デューン 砂の惑星 PART2』ほどじゃないが、音圧が激しすぎて心臓にまでビリビリと響き渡っていた。
静寂と轟音のメリハリがハッキリとしている為、映像も音も双方共に非常に印象深かった。
………まぁ正直、今作が完璧に期待通りの作品だったとはとてもじゃないが言い難い。個人的に、前作『TENET テネット』を超えることはなかった。
しかしながら、メッセージ性と演出の強烈さから非常に印象に残る映画だったのは確かだ。今後一生、今作を鑑賞したことを忘れることはないだろう。
まとめ(あとがき)
何気に今年初の最新映画レビュー。『ナポレオン』ぶりってマジか。
同じくアカデミーで大暴れした『哀れなるものたち』も書きたかったけど………別の記事書いてたもんで断念。ちゃんと計画して書かなくちゃあね………
それにしてもやっぱり今作、一部の界隈では賛否両論となっているようで………聞くには「原爆の描写がないのは不誠実だ」だとか「原爆賛美の映画だ」だとか。
映画なんて所詮エンタメなんだから素直に楽しめよって思ったりもするが、やはり被爆国として簡単に無視することはできないものなのかなぁ………とも思ったり。
でもやっぱり、今作はどちらかというと原爆よりも赤狩りが主題なので、やはり原爆のトピックばかりを棚に上げるのは少々見当違いかなと。
思えば、ノーラン作品を映画館で堪能するのは『TENET テネット』ぶり。この際、今までの作品全部IMAXで再上映してくれないかなぁ………ワガママかなぁ………
今作然り『デューン〜』然り、今年の上半期は実に実りのある映像体験をさせていただいた。まだまだ楽しみな作品が目白押しなので、目を見張っていきたい。
………と、言う訳で今回はこの辺で。
それではまた、次の映画にて。