映画のアレコレ

傑作を生み出し続けた偉人たち。ハリウッドの「名監督」を15人紹介!!

マーティン・スコセッシ (Martin Scorsese)

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数々のクライム映画を手がけ、後の作品たちに強い影響を与えたとされる映画監督。1942年11月17日生まれ、現在83歳。

ベトナム戦争の徴兵を逃れ、ニューヨーク大学の映画学部で短編映画を撮り始める。スコセッシ監督作の常連キャストであるロバート・デ・ニーロとタッグを組み、1973年に『ミーン・ストリート』を公開。興行的にも大成功を博し、一気に知名度を上げる。

1976年にはデ・ニーロ主演で『タクシードライバー』を監督。カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞するなど大絶賛を受ける。その後同じくデ・ニーロ主演のミュージカル映画『ニューヨーク・ニューヨーク』を監督するが興行的・批評的に失敗し、これを巻き返す形でジェイク・ラモッタの伝記映画『レイジング・ブル』を公開、この作品でデ・ニーロはアカデミー主演男優賞を受賞した。

1987年、マイケル・ジャクソンの楽曲『BAD』のPVを監督。およそ16分を超える長編であり、MVの域を超えた一種の映画であると絶賛を受けた。1990年にはイタリア系マフィアを描いた『グッドフェローズ』を監督し、ヴェネツィア国際映画祭で銀熊賞を受賞。ハリウッドを代表する名監督としての地位を確立するに至った。

2002年には『ギャング・オブ・ニューヨーク』を制作。『タイタニック』の世界的ヒットで大スターとなったレオナルド・ディカプリオが今作を機に新たなるスコセッシ映画の常連キャストとなり、2006年には彼を主演に迎え『ディパーテッド』を監督。スコセッシとしては初となるアカデミー監督賞・作品賞を受賞した。

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その後も躍進は止まらず、2013年には実在するディーラーであるジョーダン・ベルフォートの回顧録を映画化した『ウルフ・オブ・ウォールストリート』を公開。自身の作品で最高額の興行収入を叩き出した。

2016年、遠藤周作著の小説を原作とした『沈黙 -サイレンス-』を監督。アンドリュー・ガーフィールド、アダム・ドライバーらを迎え、江戸時代の日本を舞台に宣教師たちの過酷な運命を描いた。さらに2019年には初のストリーミング配信作品である『アイリッシュマン』を監督。24年ぶりにスコセッシとデ・ニーロがタッグを組んだ他、アル・パチーノ、ジョージ・ペシが参加。Netflixで配信された。

そして現時点での最新作である『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』では、ディカプリオとデ・ニーロというスコセッシ映画の常連2人が初の共演。デヴィッド・グランの『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』を原作とし、1920年代にオクラホマ州で起きたインディアンの連続怪死事件を描いた。

先述した通り、スコセッシの映画のジャンルはクライムスリラーなど重厚かつシリアスなものが多い。その多くが「暴力に生きる男たちの葛藤や裏切り」であり、さながらコッポラの『ゴッドファーザー』のような人間ドラマが繰り広げられている。

また『タクシードライバー』を機に、後世の映画に多大なる影響を及ぼした。特に2019年にヴェネツィア国際映画祭で金熊賞を受賞した『ジョーカー』では、『タクシードライバー』のみならず『キング・オブ・コメディ』『レイジング・ブル』など、スコセッシ映画のオマージュがこれでもかと散りばめられている。

ここまで作家性を保ちつつヒット作を連発した監督はかなりであり、このことから彼が天性の映画監督であることが窺える。


《代表作》

『タクシードライバー』("Taxi Driver")

スコセッシの出世作。孤独に生きる元兵士のタクシー運転手が、徐々にNYの狂気に蝕まれていくスリラー映画。光に溢れつつもどこか寂しげなNYの街並みと、そんなNYを虚な目で窓越しに見つめる主人公、そして徐々に狂気が頭角を現し始める物語が見所。


『ウルフ・オブ・ウォールストリート』("The Wolf of Wall Street")

詐欺まがいの株の営業を繰り返し、ある意味で伝説のディーラーとなったジョーダン・ベルフォートの回顧録を原作とした伝記ブラックコメディ。3時間という比較的長い上映時間の中に凄まじいエネルギーが秘められており、ディカプリオの迫真の演技も含めて名作と銘打たれた。


『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』("Killers of the Flower Moon")

1920年代、オクラホマ州オセージ郡で起こったオセージ族の連続怪死事件を描くクライム映画。石油が突如として湧き出たことでたちまち裕福となったオセージ族と、それを付け狙う白人たちのドス黒い欲望を描いた3時間超えの超大作。

《併せてこちらもどうぞ》

スティーヴン・スピルバーグ (Steven Spielberg)

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数十本にも及ぶ名作を作り続け「映画の神様」とまで称される、ハリウッドで最も著名な映画監督と言っても過言ではないほどの功績を残した人物。誰もが楽しめるようなエンタメ作品から時代に一石を投じるようなメッセージ性の高い作品まで、幅広いジャンルを手がけることで有名。

1946年12月18日生まれ。離婚や引っ越しを繰り返す家庭で育ち、『地上最大のショウ』を観たことがきっかけで映画の世界にのめり込む。父親から8ミリカメラで撮影を頼まれたのを機に、幼い頃から自主映画を撮り続けた。

17歳の頃、ユニバーサル・スタジオを見学するバスツアーに参加した際、こっそり抜け出してスタジオ内を散策。僅か3日ほどでスタジオ内に人脈を築くことに成功し、顔パスでスタジオに入れるようになった。なおこの時、西部劇の巨匠として知られるジョン・フォードと出会っている。

その後ユニバーサル・スタジオと契約を交わし、TV映画『激突!』を監督。今作を機にスピルバーグの名が浸透するようになり、『続・激突!カージャック』で本格的に劇場映画の監督としてデビューする。

1975年にはパニック映画もとい「サメ映画」の始祖こと『ジョーズ』を監督。それまで『ゴッドファーザー』が独占していた全世界興行収入ランキング1位の記録をあっという間に塗り替え、ハリウッドの巨匠の1人として名を連ねるようになる。

2年後に公開された『未知との遭遇』では、世間が『スター・ウォーズ』ブームに熱狂する中でも埋もれることなく良好な成績を残し、アカデミー監督賞の初ノミネートを果たした他、同作はSF映画の金字塔の一つとして語り継がれていくことになった。

80年代には『スター・ウォーズ』のジョージ・ルーカスと共に、ハリソン・フォードを主演に迎え『インディ・ジョーンズ』シリーズを手がける。また1982年に公開された、宇宙人と少年の友情を描くSF映画『E.T.』が『ジョーズ』以来となる全世界興行収入で1位を記録するなど再び伝説を残した。

さらにこの頃から監督としてだけでなくプロデューサーとしても作品制作に関わるようになり、80年代の映画では『グレムリン』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『グーニーズ』などに参加。以降も『メン・イン・ブラック』『トランスフォーマー』など、ハリウッドの超大作シリーズと関わりを持ち続けた。

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1993年、『ジュラシック・パーク』を監督。アニマトロニクスCGなど最先端の映像技術を駆使して、ストップモーションではないリアリティ溢れる恐竜の描写に成功。恐竜映画の最高傑作として名を連ね、キャリア初にして映画史上初の3度目の全世界興行収入1位を記録した。

また同年、第二次世界大戦中のホロコースト中に1000人以上のユダヤ人を救ったオスカー・シンドラーの実話を描いた『シンドラーのリスト』を公開。その年のアカデミー賞で作品賞と初の監督賞を受賞、さらに興行収入の全てをショア財団(ホロコーストの凄惨な歴史を伝える団体)の資金に充てるなど、これまでエンタメ映画の監督として知られていたスピルバーグのイメージとはかけ離れた偉業を成し遂げた。

翌年には制作会社であるドリームワークスを設立し、1998年にはノルマンディー上陸作戦を描いた戦争映画『プライベート・ライアン』を公開、2度目のアカデミー監督賞を受賞する。同作はオープニングにて実際に行われた作戦が忠実に再現されており、これを観た元兵士がPTSDを起こすなど強烈なインパクトを与えた。

2000年代は監督としての活動は控えめになり、代わりにプロデューサーとしての活動が盛んになる。2008年には19年ぶりの続編こと『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』を監督したが、批評的には微妙な結果となった。

2012年には第16代アメリカ合衆国大統領であるエイブラハム・リンカーンを描いた伝記映画『リンカーン』を監督。パラマウント・ピクチャーズとの関係性が悪化していたのもあって制作が難航したが、その年のアカデミー賞で最多ノミネートを果たした他、主演のダニエル・デイ=ルイス主演男優賞を受賞するなど快挙を果たした。

2021年にはミュージカル映画の傑作『ウェストサイド物語』のリメイク『ウェスト・サイド・ストーリー』を、2022年には自伝映画『フェイブルマンズ』を監督。そして今年10月には『宇宙戦争』以来、実に22年ぶりとなるスピルバーグのSF映画『ディスクロージャー・デイ』が公開される。

https://cinema-fanatic.com/2010/10/20/auteur-of-the-week-steven-spielberg-1-of-4/

おそらく映画にそこまで詳しくない人でも名前は知っているであろうスピルバーグ監督。「ハリウッドといえばこの映画!!」と銘打たれる作品のほとんどを監督、もしくはプロデューサーとして参加しているあたり、彼の持つ影響力は兎にも角にも凄まじいことがわかる。

先述したようにスピルバーグの作風は一つに止まらず多岐に渡る。胸を打つ人間ドラマ、心躍るアドベンチャー、摩訶不思議なSF、予測不可能なスリラーなど、幅広いジャンルの映画を作り続けてきた。

だがどんなにかけ離れたジャンルの映画でも、ほぼ全てのスピルバーグ監督作で必ず共通しているのがエンタメ的面白さである。全編通して重苦しい雰囲気が漂う『シンドラーのリスト』でも、所々にクスッと笑えるようなシーンがあったり、ただの史実の再現だけでなく涙を誘うような演出も施されている。

また交友関係も非常に広く、親友とも呼べる間柄のジョージ・ルーカスに始まり、本記事で紹介している監督のほぼ全員と交友を持つ。また監督だけでなく俳優とも関係を持ち、特にトム・ハンクスは頻繁にスピルバーグ監督作に出演していることで知られる。

そんなスピルバーグの友人の中でも特に頻繁にタッグを組むことで有名なのが、映画音楽家であるジョン・ウィリアムズである。『ジョーズ』『E.T.』『インディ・ジョーンズ』など数多くの映画のメインテーマを作曲し、そのどれもが名曲として今日まで親しまれている。

生涯で稼いだ映画の興行収入の総額も、MCUのプロデューサーであるケヴィン・ファイギに次いで第2位であったりと、何度も強調しているように圧倒的な影響力を持つスピルバーグ監督。もしどの監督の映画を観るか迷ったら、とりあえずスピルバーグ監督作を観ておけば間違いなしだ。


《代表作》

『ジョーズ』("Jaws")

人喰いサメの恐怖を描いたパニック映画。サメはロボットとして実際に設計されて撮影された他、あえてサメをあまり画面に登場させないことによって恐怖を倍増させるという巧みな演出が施されている。のちに多くの人々に親しまれる映画ジャンル「サメ映画」の原点にして頂点


『E.T.』("E.T. The Extra-Terrestrial")

地球に取り残されてしまった宇宙人と、孤独な少年の奇妙な友情を描くSF映画。『未知との遭遇』と同様、人類の敵として描かれてきた宇宙人を「異なる世界の友人」として表現し、そんな宇宙人と少年が心を通わせる様に多くの人々が胸を打たれた。


『ジュラシック・パーク』("Jurassic Park")

遺伝子工学の発展により、恐竜が現代に甦った世界を描くSFパニック映画。精巧なアニマトロニクスとCGを組み合わせて恐竜のリアリティ溢れる表現を成功させ、且つ恐竜たちの雄大さと恐ろしさを遺憾無く発揮した、エンタメ映画の極致とも呼べる作品。現在でも『ジュラシック・ワールド』というタイトルでシリーズが続いているなど、超巨大なフランチャイズシリーズとなっている。

《併せてこちらもどうぞ》

ジョージ・ルーカス (George Lucas)

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誰もが知る超大型SF映画フランチャイズ『スター・ウォーズ』シリーズを作り出した監督。親友であるスピルバーグと共に多くの名作を作り出し、今は活動を控えめにしているものの映画界に変革をもたらした巨匠として語り継がれている。

1944年5月14日生まれ、現在82歳。コッポラと共にアメリカン・ゾエトロープ社を立ち上げ、副社長に就任。その後『THX 1138』を監督した。

その後自身の制作会社であるルーカス・フィルムを設立し、コッポラをプロデューサーに迎え入れ『アメリカン・グラフィティ』を監督。興行的・批評的にも成功し、一躍有名となる。

そうしてルーカスは自身が長らく構想していた『スター・ウォーズ』の実現に取り掛かるべく、20世紀フォックスに企画を持ち込む。この時コッポラからの介入を防ぐべく『地獄の黙示録』の原案をコッポラに無償で渡している。

最先端のVFXを駆使して作られた『SW』は爆発的なヒットを記録し、SF映画の伝説となった。この時20世紀フォックスはルーカスに、当時の日本円で5000万円に及ぶ収入を提示したが、ルーカスはそれを断り代わりに『SW』のマーチャンダイズの権利を要求。結果として『SW』EP1~6で得た収入(グッズ販売含む)を大きく超える利益を手にすることになった。

だがルーカスはこの時『SW』が失敗すると半ば確信を得ており、コケたという知らせを聞きたくないがためにハワイへ逃亡。そこで『未知との遭遇』の撮影を終え休暇をとっていたスピルバーグと出会い、ルーカスが元より考えていた構想とスピルバーグの「『007』のようなシリーズが撮りたい」という要望が一致。『インディ・ジョーンズ』シリーズが制作されるに至った。

制作費の高騰や現地の料理が原因でスタッフとキャストが食中毒を起こすなど製作が難航したという経緯もあるが、結果的に第1作『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』は爆発的なヒットを遂げ、冒険活劇映画史上唯一無二の傑作として現代まで語り継がれている。

またこの時ルーカスは映画音響の発展にも携わっており、ルーカス・フィルムの傘下企業である「THX」「スカイウォーカー・サウンド」を設立し、映画館だけでなくCDやブルーレイにおける映画作品の音響品質の向上に大きく貢献した。

そして時は流れ90年代。スピルバーグが1993年に『ジュラシック・パーク』を公開し、映像技術が大きく進歩したことを機にルーカスは、長らく温めていた「新三部作」こと『EP1~3』を制作することを決意。

EP1こと『〜ファントム・メナス』の撮影では、ブルースクリーンを用いた大規模なVFX撮影を敢行。後に続く最先端の映像技術を用いた大作映画の撮影の先駆けとなった。2002年には『〜クローンの攻撃』を、2006年には『〜シスの復讐』を監督し、旧三部作と同等、あるいはそれ以上の人気を博した。ファンの間でも「新三部作こそが『SW』シリーズの最高傑作である」という意見が多い。

2012年、自身がプロデューサーを務めた『レッド・テイルズ』を最後に事実上の引退を公言。『THX 1138』のような実験的作品は今後も作り続けていくとしているが、2026年現在、ルーカスが監督やプロデューサーとして携わった作品は公開されていない。

また同年、ウォルト・ディズニー・スタジオがルーカス・フィルムを買収。ルーカス・フィルムはルーカス個人が全て所有していた企業であったため、買収によって得た利益は全てルーカスが得た。なお、その利益は全て慈善事業に寄付したという。

現在も精力的に映画制作に取り組み続けているスピルバーグらと比較すると活動は控えめだが、それでも『SW』シリーズを世に放った功績はいうまでもなく偉業そのものである。故にハリウッドの歴史を変えた「巨匠」として、今も尚語り継がれているのだ。


《代表作》

『アメリカン・グラフィティ』("American Graffiti")

1962年のカリフォルニアを舞台に、高校を卒業した青年4人が共に過ごす最後の夜を描いた青春映画。ルーカスが監督と脚本を、コッポラがプロデューサーを務めた。ルーカスの処女作『THX 1138』の失敗を巻き返す形で大ヒットを記録し、『SW』に並ぶ彼の代表作として知られる。


『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』("Star Wars: Episode IV - A New Hope")

銀河に圧政を強いる帝国軍とそれに反発する反乱軍、そしてその戦いの渦中に巻き込まれていくルーク・スカイウォーカーの旅路と運命を描いたSF映画の金字塔。精巧なセットのもと撮影が行われ、今までにない迫力の映像に世界中が虜になった。なお、公開当時は副題がついておらず『スター・ウォーズ』そのままのタイトルだった。


『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』("Star Wars: Episode III - Revenge of the Sith")

安寧かと思われていた共和国の崩壊、およびジェダイとして有り余る力を持つアナキン・スカイウォーカー暗黒面に堕ちていく過程を描いた作品。光と闇が交錯する緻密なストーリーテリングや、ライトセーバーをはじめとする数々のアクションシーンが高い評価を博し、本作を『SW』史上最高傑作と称する声も多い。

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